歯医者の思い出(2)
歯医者には苦しめられてきた。
大学時代にも苦しめられた。当時は情報が手に入らない。腕の良し悪しはネットではなく、本当の口コミに頼るしかない。下北沢に住んでいた友人が言った。
「酒屋の角を曲がったところの歯医者がいいぞ」
「なにがいいんだ?」
「ほかの歯医者で治したばかりなのに痛いから行ったら、なかに脱脂綿が入っているのを発見してくれた」
「なかに脱脂綿?」
「詰め物の下に入ってた。それを見つけてくれた」
脱脂綿を残したまま治療を終わらせる歯医者のいることに愕然とした。
酒屋の角を曲がった歯医者に行ってみる。が、建物は民家そのもので、診察している気配もない。大丈夫なのか。角の酒屋で訊いてみた。
「すみません。あそこの歯医者って上手ですか?」
「上手かどうかはわからないけど、とにかく早いわよ」
早いということは上手ということなのか。わからないが、ほかにあてはない。歯医者に戻りドアを開けた。
なかには誰もいなかった。受付にも待合室にもいない。電灯もついていない。
「ごめんくださーい」
大声で二度言うと、奥から中年の男が顔を出した。
「歯の治療?」
不安に駆られながら待っていると、男は白衣を着て出てきた。診察室の灯りをつけ、椅子に座るように言う。
「あ、ここね」
男は口のなかを覗き込むと、その歯にエアーを吹きつけた。吹きつけ続ける。プシューという強烈なエアーの噴射が神経の奥まで突き刺さった。
痛い! 痛い!!痛いー!!!
目に涙が浮かんでいるのがわかったのだろう。
「しかたないんだ。これでやるしかないんだ」
言いながら吹きつけ続ける。
目から涙がこぼれ落ちそうになった頃、男はエアーを終わらせると、その歯にそのまま詰め物を施し治療を終わらせた。
本当にこれで治ったのか?
別の歯医者でまた大変な思いをするのは、数か月先のことだった。