人生激辛ソムタム

風呂なしアパート20年の日々とタイ・インド

西荻窪のアパート

再度東京に出ると決めたとき、どこに住もうかと考えた。毎週のように見ていたアド街ック天国で、なぎら健壱が京成線沿いを飲み歩いていて、昔ながらの人情や情緒が残っていると言っていたことを思い出した。

花茶屋は駅名から良さそうに思ったが、実際に歩いてみると人が少なく、見かけても年寄りだった。アパートも多くなさそうに見えた。別の駅でも降りてみたがたいして変わらず、京成線沿いはやめた。

次に向かったのは中央線だった。大学時代に高円寺から三鷹にかけて友人たちが住んでいて、酒を飲んで泊まるたびに住みやすそうなところだと思っていた。

阿佐ヶ谷駅前の不動産屋で、東中野・四畳半・風呂なし・2万5千円という貼り紙を見つけた。なかを見たいと言うと、鍵はかかっていないから自由に見てきてと地図をわたされた。鍵が必要ないってどんなところなんだ?行ってみると意外にきれいだったが、四畳半は思った以上に狭い。家具やテーブルを置いたら寝る場所がない。駅を降りては不動産屋をまわったが、大学生だった10年前と比べ風呂なしアパートは減っていて、選ぶ以前に物件がない。それでも探すしかない。風呂のある部屋に借りる余裕はなかった

「風呂なしの部屋は一回入ると出ないから。でも、ないことはないと思うから頑張って」

そんなこと言われた翌日、西荻窪で管理費込みで3万6千円という部屋を見つけた。案内してもらうと外壁にひびが入って小汚く、ここは嫌だなと思うようなところだった。その時点で帰ってもよかったが、不動産屋が大家に鍵を借りに行ったのでしかたなくなかに入った。すると昔サイズの広い六畳のフローリングで、キッチンもありガス湯沸かし器も備わっている。トイレも洋式だ。これは思わぬ拾いものかもしれないと気持ちが高ぶった。

独居日乗 2.28(金)

タイにはじめて行った31歳のときと翌年の32歳のときは、なにをどう撮ればいいかわからなかった。カメラを入れたバッグを持ち歩くだけで、1枚のシャッターを切れない日もあった。怒られたらどうしようという思いばかりが先に立ち、人にカメラを向けることができなかった。

35歳のときにタイに3か月滞在し、そのときから少しづつ撮れるようになった。夜の世界で生きる女たちやカレン族の難民家族のもとに通った。

撮った写真が貯まってくると、写真集を出したいと考えはじめた。本が出れば人生が好転するだろうと、いくつかの出版社に持ち込んでみたがうまくいかなかった。

本がだめなら写真展しかない。そう思いニコンやキャノンのギャラリーの審査を受けた。貧乏のなかで審査を受けるためだけに10万円近くのプリント代は払えず、安いところで3万円であげた。仕上がった写真は色が悪く安いなりのものだったが、写真自体は社会派雑誌の公募に送って著名な写真家に褒められたこともあって自信があり、落ちるわけがないと高をくくった。

受け取ったのは落選の通知だった。納得できず、プリントを取りに行ったとき理由を訊くと、「内容だけでなくプリントを含め全体が審査の対象」と言われた。

自費出版も考え、写真を見てもらいもしたが最良な方法とは思えず、手詰まり状態が何年も続いていた。が、金村修の本を読んで気が晴れ、新たな気持ちでまた写真の本や雑誌に手が伸びるようになった。調べてみると昨今は写真ギャラリーも増え、レンタル料が必要なところでは、審査のプリントを金をかけて用意しなくていいことがわかった。

そんなことは写真の学校に通っていれば二十歳の人でも知っているのだろう。それを考えると出遅れてしまった時間の長さに頭を抱えてしまうが、どのギャラリーでどう見せるかを考えながら、いま写真展をまわりはじめている。

独居日乗 2.13(木)

「斬進快楽写真家」にこんな一文があった。

「16歳からずうっと強烈なものばかり会ったり、見たりしていたから、今さら自分はもう元の世界には戻れない」

同じだと思った。サラリーマン8年目の夏休みに偶然が重なり急遽バンコクに行った。そのときの体験がまさに「強烈なもの」だった。

目と鼻の先のステージで性を誇示して踊るおおぜいのダンサーたち。迷い込んだ真っ暗なゴーゴーで女たちに囲まれながらした小便。女をおぶって上がったアパートの階段。行き先もわからず乗ったバス。体にまといつくような湿気と暑さと騒音と匂いと暗闇。探し続けていた場所を見つけたように思った。

10日にも充たない滞在だったのに、帰国後はすべてが色彩をなくしたように映った。書類を処理するだけで一日が終わる人生には戻れなくなっていた。4か月後に会社を辞めた。

あれから22年。嫌な思いもずいぶんしたが、いまもタイに通っている。

独居日乗 2.3(月)

「世界旅写真展」の審査結果が届く。最終選考まで残って落とされていた。がっかりだが、肉筆で書かれたコメントに少し光明が見えた。

「~ あまり見ない被写体(鳥と人)も魅力的です。あとはこれを活かすのは何よりプリントです。勿体なく思いました ~」

プリントが良ければ最終選考を通過したのかまでは不明だが、人が撮らないものを撮ることの大切さとプリントの重要性がわかった。

図書館から金村修の「斬進快楽写真家」を借りて読む。以前ならたぶんわからなかったと思うことがいまは理解できる。誰かに付いて修行したり学校で学ぶことなくきたので基礎がない。他人の写真に触れる機会も少ない。それらがいまの停滞につながっている。

長くフィルムで撮ってきた。ポジをデータ化しなければと思いながら5万円近くするため躊躇していた。

昨日フィルムスキャナーを注文した。

 

独居日乗 1.1(水)

元旦をグループホームで迎える。大晦日の宿直は敬遠していたが、経験してみるとなんでもない。考えようによっては、アパートで寂しく過ごすよりは気が紛れていいのかもしれない。これで2日~6日に休んでも大きな減収にはならない。

今日は利用者が2人しかいないので、朝はいつもの休日よりもさらにゆっくりできる。8時過ぎに下へ降りていくと、トイレ前の廊下が全面水浸しになっていて、自閉症の強い〇〇さんが足を濡らしながらこちらを険しい顔で見る。警戒しながらリビングに入り、鍵を開けて冷蔵庫から朝食を出して並べるとすなおに食べはじめた。

炊飯器の蓋に付いていた15✕5センチ大の部品がなくなっている。あんな大きなものを流せるのかはわからないが、この詰まり具合を見ると、いつもの破いた牛乳パックではなさそうだ。廊下の水をトイレマット4枚とタオルを何度も絞って吸い取ったあと、スッポンで詰まりを直そうとやってみるが、まったく効果がない。業者を呼ぶと3万円~5万円かかり、費用は法人が負担しているということだから、この人は2年半の間にトイレ修理だけで100万円以上使わせている。

いつもより混んでいる帰りの電車に元旦を感じ、西友で買い物をして帰宅。目の前の神社に木の写真を撮りに行くと、参拝者が大行列をつくっていて、ここでも元旦を感じた。

独居日乗 10.27(日)

宿直の朝。6時20分起床。スマホのラジオで「グッチ裕三 朝からうまいぞお!」を聴きながら、折り畳みベッドの上で朝食。パン、リンゴジュース、バナナ、カロリーメイト。土曜日から日曜日にかけての宿直はゆっくできる。平日は6時から朝食の準備と食器洗い、着替え、洗濯、歯磨き、髭剃りを介助しなければならない。

「BIZAIA!」休刊状態の件でメールを送っていた旅行作家のSさんから返事が届いている。中国からタイに戻ってきたところらしい。情況は厳しそうで、出版界にコネも伝手もない者にはお先真っ暗だ。

7時半から昨日作っておいた朝食をテーブルに並べる。自閉症の強い〇〇さんがひとりで食べる。休日なので他は誰も起きてこない。

この〇〇さんが、燃えるごみやプラスチックごみを外のごみ置き場に捨てに行く。出す日は決まっているが関係ない。9時にガイドヘルパーが迎えに来て出かけるので、それから回収することにして好きにさせる。

朝食後少しすると、〇〇さんが今度はこっちをじっと見ている。嫌な予感がしたが案の定、腕を引っ張って物置の前に連れて行く。鍵を開けろと促す。放っておくと叫びながら自分の顔を叩きはじめるので、言うことを聞くしかない。鍵を開けるとなかから、なにやら取り出す。以前はきちんと使えていたものが、この人が分解したせいでいまはなんだかわからないものを手に、2階に行くよう促す。行くと宿直室の鍵を開けさせようとする。開けると手にしていたものをなかに入れ、満足したのかリビングに戻り、いつものように飛び跳ねたりを繰り返す。宿直室はこの人が運び込んだものが場所を取り、大変使い辛くなっている。

9時半に日勤職員と交代。今週は火・木・土の3連続宿直で疲れた。夕飯にビール1缶飲む。

独居日乗 10.14(月)

6時半起床。最近は3時や4時に目が覚めても、ラジオを聴きながら再度眠ることができる。 朝食後ジョギングをしようと外に出るが、雨が強く降っているのを見てまた部屋に入る。少しすると小雨になったので帽子をかぶって出る。距離を短くして速く走る。

帰宅して少しすると郵便局が書留を持ってくる。ドアを殴りつけるように強く叩く。郵便局はいつも手袋を外さずノックするが、今日の人は乱暴だ。靴で蹴ったのかもしれない。対応もぞんざいで、局員の質の悪さを再認識する。

かんぽ生命の不適切販売が明らかになったが、派遣で働いたときに社員の体たらくを目の当たりにしているので驚きはない。彼らは派遣社員に連日残業させて、自分たちは当たり前のように定時に帰っていた。そのときのことをいずれ「BIZAIA!」に書くつもりでいたが、半年前から発行がとまっている。

プロテインを飲んでウエイトトレーニング。左手首が痛いのでダンベルフライは重量を軽くして回数も減らす。専用のベンチや10キロの鉄アレイも買おうかと考えていたが、当分は必要なさそうだ。折り畳んだ布団に座布団を重ねてベンチの代わりにしている。

昼食後図書館に本を返しに行き、1時間昼寝して掃除。夕飯は餃子、かぼちゃ、キャベツ、納豆、ビール、ヨーグルト、柿。アルコールは筋肉の増加を妨げるらしいが飲む。