歯医者の思い出(1)
歯医者には苦しめられてきた。
はじまりはYゾエ歯科だった。
小学校3年生の歯科検診で、奥歯にバツをつけられた。C1だとかC2なら削って終わるが、バツは抜歯だ。おびえながら母に訊いた。
「これどうしたらいいん?」
「抜かんとだめらわ。ヨシゾエに行きなせ。女の歯医者だすけ痛くしねわ」
本当に痛くしないのだろうか。疑いつつも、母が勧めるのだからと出かけた。
呼ばれて入ると、なかには診察椅子がいくつもあり、女医も1人ではなかった。恰幅のいい女医が、受付に出していた歯科検診の紙を見ながら現れ、
「はい、口開けて。あーここね」
液体の入った注射器を持ってきて、前の台に置く。針の太さと曲がった形状に、おびえが頂点に達する。こんな太い針を刺すのか。どうしてこんな曲がっているのか。
女医は注射器を持つと、無造作に口に入れ、口のなかの上の堅いところに力づくで突き刺した。瞬間、激痛と同時に目のなかで光が点滅した。なんで歯ぐきではなく上に刺すのか。
女医はなかなか戻ってこなかった。目の前の大きな窓の向こうを電車が何回も走り過ぎる。刺されたところが口のなかの上のところなので、鼻まで麻酔が効いている。しかし早く抜いてくれないと麻酔が切れて、今度は注射どころの痛みでは済まされない。
やっと戻ってきた女医は、また無造作にペンチを口に入れ、歯を抜いた。痛みはなかったが、脱脂綿を噛ませるなどの処置をしてくれず、流れ出てくる血を飲み込みながら待合室に戻った。
名前を呼ばれるのを血をひたすら飲みながら待っていると、だんだんと気持ち悪くなってきた。早く呼んでくれないだろうか。麻酔も切れてきて、痛みも出てくる。やっと受付から声をかけられた。
「あれ、待ってたの?お母さんが払っていったんだわ。帰っていいんだわ」
帰宅後、母に文句を言った。
「ものすげ痛てかった。金も自分で払うんかと思って待ったった」
痛み止めも抗生物質もないまま、血が止まったのは翌日だった。